守り人シリーズ感想

  • 精霊の守り人
  • 闇の守り人
  • 夢の守り人
  • 神の守り人(上・下巻)
  • 天と地の守り人(第一部ロタ王国編、第二部カンバル王国編、第三部新ヨゴ皇国編)

*チャグムを主人公とした旅人シリーズ(虚空の旅人、蒼路の旅人)は未読



上橋菜穂子著「精霊の守り人」は児童文学というジャンルの中から生まれた作品で所謂ファンタジーノベルです。
僕は今までこのカテゴリーの小説を読んだことがなくて、例えば「指輪物語」や「ハリーポッターシリーズ」や「ナルニア国ものがたり」などの古典的評価と人気のある作品にもまったく目を通していない。映画の「ハリーポッター」や「ロード・オブ・ザ・リング」も触りだけを観て、「もうこれで十分ごちそうさまでした」と興味を失ってしまった輩である。
空想的な、非現実的な、ファンタジックな世界観と向き合うのが苦手だったりするわけです。
ライオンが喋ったり、魔法使いが出てきたりすると、どうしても「子供だまし」の感を覚えてしまうのでしょうね。
守り人シリーズ」にも魔法使いは出てきます。
主要キャラの一人トロガイは一種の魔法使いなのですが、「呪術師」と表現されていてそれは例えば実際に存在する原始的な民族の霊媒師のような存在で大局的なリクスマネジメントをするアドバイザー的な役回りに描かれているためかなんとか受け入れることができます。
作者が文化人類学の研究をしている大学の助教授ということも押さえになっているのかもしれませんが。
ただ守り人シリーズを読み終わって感じたのは「やはり僕はファンタジーは苦手だな」ということ。
現実世界と異世界の交わりというのはこの作品の大きなプロットなのですが、僕はできるだけその部分をスルーしてストーリーを追っていたように思います。
まったく無視して読み進めたわけではないのですが、やはり違和感がムクムクと頭を擡げてきてしまうんですね。
そしてこの違和感を浄化する役割を担ってくれたのが主人公のバルサだったというわけです。
ここからが感想の本筋になるのですが、まあ結局僕にとっての守り人シリーズバルサのキャラクーの魅力がほぼ全てと言えるでしょう。
僕にとっては理解しにくい(受け入れにくい)世界観の中で対比的に際立ってリアルな存在感を醸すバルサの言動に引きつけられるものがあったのです。
だから最後まで興味を失わずに読めたのではないでしょうか。

バルサは今年三十。さして大柄ではないが、筋肉のひきしまった柔軟な身体つきをしている。長い脂っけのない黒髪をうなじでたばね、化粧ひとつしていない顔は日に焼けて、すでに小じわが見える。しかし、バルサをひと目見た人は、まず、その目にひきつけられるだろう。その黒い瞳には驚くほどの強い精気があった。がっしりとした顎とその目をみれば、バルサが容易に手玉にとれぬ女であることがわかるはずだ。そして武術の心得のある者が見れば、その手強さにも気づくだろう。」
冒頭でバルサの見た目や雰囲気をそう表現している。
映画のヒロイン的な美人ではないのである。だれもが解りやすい女性の外見的な魅力や色気は以後もいっさい描かれていない。
ただしチャグムやアスラとの関係から強烈な母性を感じることができ、バルサのキャラクターを形成する大きな要素になっていると思います。
困っている人を助ける、大きな問題を解決してあげるというヒーローチックな魅力にこの強い母性が加わることでバルサの魅力的なキャラクターが立ち上がっていきます。

「守り人」というのは結局バルサのことなのですが、作中表現されている「用心棒」とは直接は結びつかない。
「用心棒」は生計を立てるための手段であり、「守り人」はバルサのキャラクターや存在価値を示しています。
なんで作者は主人公を三十路のおばちゃんにしたのか?
若い女ではこの逞しさは出せないでしょうし、ギリギリ、アスリートとしての能力が保てるのは三十代ということなのでしょう。
あとへんな恋ばなを描かずに済むというのもあるのかもしれませんね。このストーリーに恋愛要素はあまり必要がないと思いますから。

一巻完結の体裁なのですが、キャラクターは各話でクロスしていて関連性を保っています。舞台になる国だけでみても、チャグムを守る話が挿入された新ヨゴ皇国から始まり、バルサが養い親であるジグロの嫌疑を晴らすために故郷のカンバル王国へ里帰りし、また新ヨゴ皇国に戻り、その後ロタ王国へ渡り、最後に3国と敵対するタルシュ帝国がからんで戦争話へと発展していきます。
それぞれの国家の抱える問題や王族の権力闘争などにバルサが巻き込まれていくというのが実はこの物語の大筋であり僕が一番面白かった点です。
基本的に全てハッピーエンド、絶望的、八方ふさがりの状況をバルサが敵味方区別なく協力を取り付けつつ解決していくストーリー。
成長したチャグム王子も大活躍するのですが、バルサとの関係は出会いからチャグムが帝になる最後まで変わりません。
バルサがチャグムを守るという関係。
祖国であるカンバル王国も含めてバルサには国籍という観念がありません。
常に異邦人。
ですがどの国にいっても結びつきの強い人間関係が存在する。
ある意味国と国を結びつけるアンバサダー的な存在なんですね。
他国語を操り、異文化を理解し、有力な人脈を持っている。王族や役人にも顔が利く。
ただの武芸の達人じゃないんですね。
客観的に見れば凄い能力を発揮しているスーパーウーマンなのですが、その意識がないどころか自分の存在価値を否定すらしている。
こういうキャラクターを作った作者に敬意を表したいと思います。

アニメーションは見ていません。いや本当はちょっとだけ動画で見たのですが、違和感がありましたね。
いつか実写映画になるのを楽しみにしています。
バルサ役のイメージとしては陸上棒高跳びエレーナ・イシンバエワかな。あくまでイメージね。確か30歳くらいだし、結構強面だし、軍人だし。
ポールを持っているイシンバエワは精悍そのもので、短槍を担ぐバルサの凄みはそんな感じではないかなと。